俳句十二ヵ月

本のご紹介

稲畑 汀子

 

俳句十二ヵ月

理事長  稲畑 汀子

 
夜空を仰いで ―八月―

 八月の立秋が過ぎると暦の上ではもう秋です。まだまだ暑い日が続いても、それを残暑と呼ぶことでなんとなくほっとします。そのうちにいつとなく、どことなく、しかし確実に秋が忍びよってきます。朝夕、はっと秋らしい涼しさに気がつくのもこの頃です。この頃の季節感は『古今和歌集』の「秋来ぬと目にはさやかに見えねども風の音にぞおどろかれぬる」という藤原敏行ふじわらのとしゆきの歌に尽きるような気がします。俳句でいえば「新涼しんりょう」という季題がまさにこれに当たるのではないでしょうか。この季題に見られるような、季節の移り変わりに対する繊細な感受性は、自然と調和して生きてきた日本人だからこそ持ち得た高度な精神文化だといっても過言ではありません。先人が発見し築き上げてきた季題を、私たちは大切に伝えていかなければなりません。

 気温だけでなく、暑さがやわらいでいくにつれ空気も澄んできて、空が美しくなります。皆さんも夜空を仰ぐことが多くなるのではないでしょうか。

「星月夜」「星祭」「七夕たなばた」「流星りゅうせい」など、八月は夜空に関した季題も多くなります。

 しかし最近では都会が明るすぎるために、夜空の星が見え難にくくなっています。都会での快適な生活を追求するあまり、私たちが美しい星空を失ってしまうのは悲しいことです。

 八月にはまた、お盆の魂たま迎え関する祭の季題が多くあります。これらには農耕民族であった日本人の心性や、生活様式が反映されています。また、八月十五日は敗戦の日です。私たちは決してこの日を忘れず、反省し、洞察し、祈りを捧げなければなりませんが、この日がお盆の中にあることを私は決して偶然とは思いたくありません。

 

 吾妹子の髪に銀河の触るるかに      依田秋葭

 依田秋葭は、現在依田明倫と名乗っている北海道在住の俳人です。「吾妹子」は『万葉集』の歌にある古語でワギモコと読み、恋人のことです。吾が妹子が縮まったのでしょう。恋人の髪に銀河が触れるかのように懸かっているというのですから、作者は低い位置から恋人を見上げているのでしょう。北海道の闇の深さと星空を背景に、素朴な愛が詠われたロマンチックな俳句です。





NHK出版 俳句十二ヵ月 より

 

 

 

 

 

本のご紹介

NHK出版 俳句十二ヵ月〜自然とともに生きる俳句〜

NHK俳壇の本
俳句十二ヵ月〜自然とともに生きる俳句〜
著者  稲畑汀子
発行  安藤龍男
発行所 日本放送出版協会
定価  本体1600円+税

日本に暮らす。俳句と暮らす。

現代俳壇の祖・高浜虚子の孫であり、俳誌「ホトトギス」の現主宰である筆者が、俳句とともに季節を生きる喜びと、虚子直伝の俳句の骨法を、やさしく語る。
季節の言葉「季題」を、古今の名句・美しい写真・実作のエピソードをもとに紹介する第一章「季節を友として」、虚子名言集をもとにした実作解説の第二章「ホトトギスの教え」、自然とともに生きる俳句の豊かさを語る第三章「自然と人間」等、見て美しい、読んでためになる一冊。
俳句の世界に興味を持つ人から、句歴の深い人まで、俳句を愛するすべての人へ贈る、十二か月を俳句と暮らすための俳句入門書。