俳句十二ヵ月

本のご紹介

稲畑 汀子

 

俳句十二ヵ月

理事長  稲畑 汀子

 
万象澄む秋 ―九月―

 九月の声を聞くと、大気が澄み爽やかな秋の感じがようやく深くなります。この季節を代表する季題は何といっても「月」に止めを刺さざるを得ません。「雪月花」と昔からいわれるように、月はこの季節を代表する自然美として昔から多くの詩歌や文学に登場します。この伝統を踏まえて俳句でも「月」といえば秋の月を指し、多くの秀句が詠まれてきました。それは大気が澄むので月のさやけさが一年で最も際立つからです。また秋思という言葉があるように秋は物思う季節でもあります。私たちのさまざまな思いや感慨を託するのに月は昔も今も最良の対象であり続けました。それはアポロが月に到達し月面の映像を地球に送ってきた後も変わらないのではないでしょうか。

 歳事記を開いてみれば月に関する多くの季題があります。「初月」「二日月」「三日月」「夕月夜」「月」「待宵」「名月」「月見」「良夜」「無月」「雨月」「十六夜」「立待月」「居待月」「臥待月」「更待月」「二十三夜」「宵闇」、これらにそれぞれの傍題を加えればおびただしい数になります。これらはいずれも九月の季題なのです。紙数の関係で一つ一つの説明を省きますが、たとえば「宵闇」は、陰暦の二十日頃になると、十時過ぎにならないと月が出ないので、それまでの闇のことをいいます。一つ一つの季題の正しい意味と使い方を歳事記で勉強していただきたいと思います。

 この節では、月の俳句を中心に選んでみましたが、そのほかにも九月ならではの素晴らしい季題がたくさんあります。それらからも少し例句を引いてみました。

 万象が澄み、物思う秋、どうか皆さんも詩人となり哲学者となってよい俳句を作ってください。

 

 職を求め東京を去る鰯雲     大橋越央子

 この作者は逓信省の高級官僚でしたが、職を求め東京を去っていく知人に思いを込めてこのような句を作っているのです。作者の情が、空の彼方に広がる鰯雲に托されることで優れた詩となっています。知人を励ましながら自分をも慰めている感じがします。





NHK出版 俳句十二ヵ月 より

 

 

 

 

 

本のご紹介

NHK出版 俳句十二ヵ月〜自然とともに生きる俳句〜

NHK俳壇の本
俳句十二ヵ月〜自然とともに生きる俳句〜
著者  稲畑汀子
発行  安藤龍男
発行所 日本放送出版協会
定価  本体1600円+税

日本に暮らす。俳句と暮らす。

現代俳壇の祖・高浜虚子の孫であり、俳誌「ホトトギス」の現主宰である筆者が、俳句とともに季節を生きる喜びと、虚子直伝の俳句の骨法を、やさしく語る。
季節の言葉「季題」を、古今の名句・美しい写真・実作のエピソードをもとに紹介する第一章「季節を友として」、虚子名言集をもとにした実作解説の第二章「ホトトギスの教え」、自然とともに生きる俳句の豊かさを語る第三章「自然と人間」等、見て美しい、読んでためになる一冊。
俳句の世界に興味を持つ人から、句歴の深い人まで、俳句を愛するすべての人へ贈る、十二か月を俳句と暮らすための俳句入門書。