俳句十二ヵ月

本のご紹介

稲畑 汀子

 

俳句十二ヵ月

理事長  稲畑 汀子

 
移ろう季節 ―十月―

 十月は暦の上では晩秋に入りますが、空はどこまでも青く、野山は紅葉に彩られ、草木は実り、大気はひえびえと澄んで、四季の中での秋という季節の特質が最もよく表れる月ではないでしょうか。美しく快い豊饒の季節ではありますが、そこには万物の衰えていく影がすでに忍びよっています。やがて光と影が拮抗し、山川草木ことごとく深い静けさを湛えるほんの短い期間を経てこの光と影はゆっくり逆転していきます。気温が下がり、結んだ実が落ち、紅葉に枯色が加わり、やがて葉が落ち始めます。ひと言でいうならば十月は移ろいの季節ということができるでしょう。
 このような自然の変化は人間に何をもたらしてきたかと考えると実に多くのものがあることに気づきます。しかしここでは、移ろう十月が人間の感情や思索に及ぼす影響について主として考えてみたいと思います。

入院の四角な空を鳥渡る      高浜年尾

 高浜年尾の俳句です。長らく入院して闘病生活を送る作者には、病室の窓が唯一外界を自分の五感で直接知覚できる空間なのです。毎日毎日眺めている窓を、ある日渡り鳥が群をなして横切ったのです。ああもうそんな季節になったのかという感慨とともにさまざまな思いが作者の胸に込み上げてきたことでしょう。しかしそれらは一句の余韻として読者が各々の体験と重ね合わせたり、想像すればよいのです。たった十七音の俳句は、すべてを言い尽くさずに余韻として想像させる詩でもあるのです。この句では「四角な窓」が実によく働いています。「四角」は実際の窓の形ですが、意識の深層にシンボリックに病院の建物、人工物、冷たい無機的なものを伝えてはこないでしょうか。





NHK出版 俳句十二ヵ月 より

 

 

 

 

 

本のご紹介

NHK出版 俳句十二ヵ月〜自然とともに生きる俳句〜

NHK俳壇の本
俳句十二ヵ月〜自然とともに生きる俳句〜
著者  稲畑汀子
発行  安藤龍男
発行所 日本放送出版協会
定価  本体1600円+税

日本に暮らす。俳句と暮らす。

現代俳壇の祖・高浜虚子の孫であり、俳誌「ホトトギス」の現主宰である筆者が、俳句とともに季節を生きる喜びと、虚子直伝の俳句の骨法を、やさしく語る。
季節の言葉「季題」を、古今の名句・美しい写真・実作のエピソードをもとに紹介する第一章「季節を友として」、虚子名言集をもとにした実作解説の第二章「ホトトギスの教え」、自然とともに生きる俳句の豊かさを語る第三章「自然と人間」等、見て美しい、読んでためになる一冊。
俳句の世界に興味を持つ人から、句歴の深い人まで、俳句を愛するすべての人へ贈る、十二か月を俳句と暮らすための俳句入門書。