俳句十二ヵ月

本のご紹介

稲畑 汀子

 

俳句十二ヵ月

理事長  稲畑 汀子

 
水の恵み 一 六月 一

 早苗が植えられ、梅雨が来る。六月の印象は何といっても水ではないでしょうか。野山は緑に覆われ、風物はことごとく夏の姿となりますが、それも豊かな水の恵みによるものです。季題を見ても、この季節の花には水辺のものが多く、動物も水辺のものや水中のものが多く取り上げられています。

 私たちの生活も高温多湿となるこの季節に順応し、対処するものであるのはもちろんのこと、もう一歩を進めてその中から楽しみを見つけ、さらには風雅にまで高められたものもあります。「早苗饗」「川狩」「夜振」「青簾」「籐椅子」「襖はずす」「御祓」などの季題にはそのような側面が感じられます。

 生活や行事ばかりではなく、私たちの精神性にも、高温多湿ということが大きな関わりを持っているように思えてなりません。たとえば、仏教の根本思想である輪廻にしても、遺体がすぐ土に還り、埋葬したところにすぐ植物が繁茂し、地中の動物が生息するという、インドのような高温多湿の土地を抜きにしては語れないでしょう。それは、遺体がミイラ化するような乾いた土地に起源を持つユダヤ教、キリスト教などが、神の最後の審判を通して天国を約されるという思想とは明らかに対極をなしています。

 もしかすると私たち日本人がすぐに「水に流し」て忘れ、徹底的に責任を追求しないのも、また責められるべき人が「禊」をして許されるのも、豊かな水の故かもしれません。 それでは自然と人間の関わりが俳句でどのように詠まれているか、六月の句から見てまいりましょう。

 

 あぢさゐの色にはじまる子の日記  汀子

 これは私の一連の子育て俳句の一つです。小学校に上がった長男が初めてつけた日誌を見ると、青く塗られた紫陽花が大きく描かれていました。まずその色に興味をもった子どもの素直な目に私は感動したのでした。





NHK出版 俳句十二ヵ月 より

 

 

 

 

 

本のご紹介

NHK出版 俳句十二ヵ月〜自然とともに生きる俳句〜

NHK俳壇の本
俳句十二ヵ月〜自然とともに生きる俳句〜
著者  稲畑汀子
発行  安藤龍男
発行所 日本放送出版協会
定価  本体1600円+税

日本に暮らす。俳句と暮らす。

現代俳壇の祖・高浜虚子の孫であり、俳誌「ホトトギス」の現主宰である筆者が、俳句とともに季節を生きる喜びと、虚子直伝の俳句の骨法を、やさしく語る。
季節の言葉「季題」を、古今の名句・美しい写真・実作のエピソードをもとに紹介する第一章「季節を友として」、虚子名言集をもとにした実作解説の第二章「ホトトギスの教え」、自然とともに生きる俳句の豊かさを語る第三章「自然と人間」等、見て美しい、読んでためになる一冊。
俳句の世界に興味を持つ人から、句歴の深い人まで、俳句を愛するすべての人へ贈る、十二か月を俳句と暮らすための俳句入門書。