俳句十二ヵ月

本のご紹介

稲畑 汀子

 

俳句十二ヵ月

理事長  稲畑 汀子

 
時雨るる心―十一月―

 毎年、十一月八日頃の立冬を過ぎるともう冬です。

初冬と呼ばれるこの頃は体も心も引きしまり、小春日和の日もあって、よい季節です。しかし、まだ秋のつもりでいるうちに自然は確実に冬らしくなり、山川草木の姿、雨の音、風の音にも静かな澄んだ少しばかり淋しい気配が漂います。初霜、初時雨などを見るこの感じは一入です。

 やがて紅葉も散り始め、落葉がしきりとなり、凩が吹くようになると、人々は本格的な冬を迎える生活の用意に忙しくなります。「大根洗ふ」「大根干す」「切干」「沢庵漬く」などはそのような季題ですが、人々はそれらにも季節の風物詩として豊かな詩情を感じてきました。また「北窓塞ぐ」「目貼」「風除」「冬構」などもそういった季題です。

 しかしこの初冬の風物、季節の情緒を最もよく代表する季題は何といっても「時雨」ではないでしょうか。陰暦十月は時雨月といわれるように一番雨が多い時期です。降ったり晴れたりする時雨は、定めなきものの象徴として人生のはかなさに重ねられ、新古今の和歌以来、繊細に繊細に詠まれてきました。そしてこの「はかなさ」という時雨の本意は俳諧にも受け継がれました。しかし俳諧においては、談林(十七世紀後半に流行した俳諧の一派。西山宗因を中心とし、貞徳流の伝統的なのに反抗し、斬新奇抜な趣向と滑稽な着想を軽妙な口語でうたった)がことさらにそれを揶揄し笑いとばす滑稽の対象としました。しかしそれは逆の意味で本意の制約下にあったことに外なりません。

 芭蕉の『猿蓑』にいたって、初めての季節の本意という制約から離れ、自由に時雨を詠むようになったのです。『猿蓑』には芭蕉を含めて十三名の時雨の句がちりばめられています。

 昭和十一年、高浜年尾が奈良鹿郎や阿波野青畝らと『猿蓑』輪講を始めたとき、高浜虚子は「シグレノク十三アルヲテハジメニ」という電報をうって励ましました。『猿蓑』でどのように時雨が和歌の本意を離れ自由に詠まれているか勉強しなさい、という意味が込められていたのだと思います。

 

 二三子や時雨るゝ心親しめり     高浜虚子

 吟行している二、三人にぱらぱらと時雨れてきたりまた晴れたりする。そんな時雨の持つ雰囲気を懐かしく親しいものに感じているという句です。懐かしさ、これも時雨の持つ情緒の一面です。





NHK出版 俳句十二ヵ月 より

 

 

 

 

 

本のご紹介

NHK出版 俳句十二ヵ月〜自然とともに生きる俳句〜

NHK俳壇の本
俳句十二ヵ月〜自然とともに生きる俳句〜
著者  稲畑汀子
発行  安藤龍男
発行所 日本放送出版協会
定価  本体1600円+税

日本に暮らす。俳句と暮らす。

現代俳壇の祖・高浜虚子の孫であり、俳誌「ホトトギス」の現主宰である筆者が、俳句とともに季節を生きる喜びと、虚子直伝の俳句の骨法を、やさしく語る。
季節の言葉「季題」を、古今の名句・美しい写真・実作のエピソードをもとに紹介する第一章「季節を友として」、虚子名言集をもとにした実作解説の第二章「ホトトギスの教え」、自然とともに生きる俳句の豊かさを語る第三章「自然と人間」等、見て美しい、読んでためになる一冊。
俳句の世界に興味を持つ人から、句歴の深い人まで、俳句を愛するすべての人へ贈る、十二か月を俳句と暮らすための俳句入門書。