|
|
俳句十二ヵ月
理事長 稲畑 汀子
旅人の目 ― 五月 ―五月五日頃の立夏を過ぎるともう夏です。初夏のこの頃は木々が若葉し、一年中で最も清々しい快い時期です。旅をされる方も多いのではないでしょうか。
この節のタイトルは「旅人の目」といたしましたが、これは必ずしも旅に出ることをお勧めしているわけではありません。
私たちが旅をする理由はいろいろですが、日々の生活に倦んだとき、自分がわからなくなったとき、あるいは過去の自分と訣別しようとするときの旅こそが、本質的に旅らしい旅といえるのではないでしょうか。
旅で出会う自然は新鮮です。日常的な繰り返しの生活で気がつかなかった新しい自然を発見して喜び、慰められます。そのとき、今まで気がつかなかったものに目を向けることができたという意味で、もうすでに新しい自分が誕生しているのです。このように旅は、新しい自分、本当の自分を発見する契機となります。人は新しい出会いを求めて旅に出るといってもよいでしょう。
しかし考えてみれば、旅で出会う異郷の自然も、故郷の自然も同じ自然のはずです。見慣れた山河も花も鳥も、実は、移りゆく季節の中で刻々新しいのです。見る目さえ持てば、刻々が出会いであり、自己発見の契機となるはずです。
旅に出ない人もせめて旅立ちの心を持って朝を迎え、旅人の目で周囲を見回していただきたいと思います。
五月の句は、そのような意味で、発見の新鮮な驚きと季節感にあふれた句を選んでみました。
そよぐ髪吾子も少女や芥子の花 稲岡 長
父親である作者は、まだ幼い娘が、芥子とともに風に吹かれるのを見ているのです。芥子の花が揺れ、娘の髪がさらさらと風に流れます。ふと作者は、童女だと思っていた娘が、実は少女に変身しつつあることを感じとったのです。何がそう感じさせたかはわかりません。それは芥子の花のせいかもしれません。この句には、微妙な変化を感じとった父親の新しい目があります。
NHK出版 俳句十二ヵ月 より
本のご紹介
NHK出版 俳句十二ヵ月〜自然とともに生きる俳句〜
NHK俳壇の本
俳句十二ヵ月〜自然とともに生きる俳句〜
著者 稲畑汀子
発行 安藤龍男
発行所 日本放送出版協会
定価 本体1600円+税日本に暮らす。俳句と暮らす。
現代俳壇の祖・高浜虚子の孫であり、俳誌「ホトトギス」の現主宰である筆者が、俳句とともに季節を生きる喜びと、虚子直伝の俳句の骨法を、やさしく語る。
季節の言葉「季題」を、古今の名句・美しい写真・実作のエピソードをもとに紹介する第一章「季節を友として」、虚子名言集をもとにした実作解説の第二章「ホトトギスの教え」、自然とともに生きる俳句の豊かさを語る第三章「自然と人間」等、見て美しい、読んでためになる一冊。
俳句の世界に興味を持つ人から、句歴の深い人まで、俳句を愛するすべての人へ贈る、十二か月を俳句と暮らすための俳句入門書。