俳句十二ヵ月

本のご紹介

稲畑 汀子

 

俳句十二ヵ月

理事長  稲畑 汀子

 
暑に耐える ― 七月 ―

 梅雨が去ると本格的な夏の暑さがやって来ます。七月は暦の上では晩夏ですが、実際には一年で最も酷暑の季節です。ぎらぎらと輝く烈日に焼かれ、水蒸気に蒸されて、大地のものはすべて、動物も植物も喘ぎながら炎熱に耐える季節です。もちろん人間とて例外ではありません。しかし自然に逆らわず、自然と調和して生きることを心がけてきた日本人は、この暑さが秋の収穫を約束してくれることをよく知っていました。

 消極的にただ気息奄々と耐えるだけでなく、知恵を働かせて暑に耐える工夫をしてきたのです。「納涼」「端居」「打水」「風鈴」などの季題は、そのことをよく物語っています。これらは日本人の精神性と深く結びついた文化にまでなっています。食べ物にしても「冷奴」「あらひ」「水貝」などは、生活の知恵から、芸術の域にまで高められているのではないでしょうか。しかし一方では、「飯饐る」といったようなことにも、日本人は詩情を感じて季題としているのです。

 また暑さを一瞬忘れさせてくれる「夕立」や「雷」「虹」「清水」「滴り」などに慰藉と喜びを感じる一方で酷暑そのものである「雲の峰」や「炎天」などにも美を認め、積極的に俳句を詠んできました。また、七月の季題には「汗疹」「水虫」「脚気」「暑気中り」「夏痩」「寝冷」「夏風邪」「赤痢」「日射病」「霍乱」などの病気や健康に関するものが多いのも特徴です。最近の日本人は、冷房の効いた気密性の高い部屋で生活し、自然と触れ合うことが少なくなっているのではないでしょうか。自然とともに生きてきた先人の逞しさや知恵、それらを洗練された文化にまで高めてきた先人の美意識を私たちは大切にしなければならないと思います。

 

 端居してたゞ居る父の恐ろしき       高野素十

 若い頃の俳句と考えられますので、おそらく東大医学部を卒業して間もなくの頃の作でしょう。
「端居」という季題は夏、室内の暑さから逃れるために縁先へ出て外気に触れ、庭の風景を楽しんだりすることを言いますが、帰省して生家に帰った作者には、寡黙にただ縁先に座っている父親がとても恐ろしい存在に感じられたというのです。何も言わないで座っている父の巨きさ、その前では、学業を修め、都会の生活に洗練された素十もかなわないのです。この一句には、かつて日本の父親が家庭の中で占めていた存在感が見事に描かれています。





NHK出版 俳句十二ヵ月 より

 

 

 

 

 

本のご紹介

NHK出版 俳句十二ヵ月〜自然とともに生きる俳句〜

NHK俳壇の本
俳句十二ヵ月〜自然とともに生きる俳句〜
著者  稲畑汀子
発行  安藤龍男
発行所 日本放送出版協会
定価  本体1600円+税

日本に暮らす。俳句と暮らす。

現代俳壇の祖・高浜虚子の孫であり、俳誌「ホトトギス」の現主宰である筆者が、俳句とともに季節を生きる喜びと、虚子直伝の俳句の骨法を、やさしく語る。
季節の言葉「季題」を、古今の名句・美しい写真・実作のエピソードをもとに紹介する第一章「季節を友として」、虚子名言集をもとにした実作解説の第二章「ホトトギスの教え」、自然とともに生きる俳句の豊かさを語る第三章「自然と人間」等、見て美しい、読んでためになる一冊。
俳句の世界に興味を持つ人から、句歴の深い人まで、俳句を愛するすべての人へ贈る、十二か月を俳句と暮らすための俳句入門書。