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俳句十二ヵ月
理事長 稲畑 汀子
衰える太陽の下で − 十二月 −十二月は太陽の衰えて見える季節です。日差しは弱くなり、しだいに昼が短くなっていきます。それは「冬至」によって頂点に達するまで続きます。「クリスマス」もその起源は冬至祭であっただろうといわれています。かつては太陽の力の衰えを危惧し陽光の力を取り戻すために祈ることが世界中で行われていたのでしょう。
日の衰えとともに万物は枯れ、山川草木ことごとく荒涼とした陰鬱の色を湛えるようになりますが、人間の生活も太陽の衰えによって大きな影響を受けます。日が短くなり、あわただしく暮れるために私たちの暮らしも追いかけられるように気ぜわしくなります。また寒さが募り、冷たい風が吹き荒れ、雪や氷や霜を見るようになります。そんな中で私たちは大急ぎで冬の生活に馴れなければなりません。歳事記を見ると暖房具や防寒具の季題がずらりと並んでいます。家居が多くなり、北国では雪に閉じ込められ″冬籠り″を強いられます。これらはすべて太陽が衰えた故なのです。
このように十二月の特徴をよく表す季題は何といっても「短日」と「冬の日」ではないでしょうか。そこでこれらの季題を中心に冬らしい俳句を取り上げてみました。
陰鬱な冬、人間は自然の変化に対して自分の人生を重ね、愛惜するばかりでなく、あるいは枯れ果てた自然にも美を見い出し、あるいは、積極的に冬の生活を楽しむ術も見つけてきました。冬の味覚に関する季題が驚くほど多いのはそのよい例だと思います。
月末になりますと、「年用意」に関する季題がぐんと多くなります。これも十二月の一つの特色でしょう。
炬燵寝の妻の眼元の涙かや 京極杞陽
この人は旧子爵で、昭和天皇の式部官を務めていましたが、終戦後浪人しました。杞陽は虚子に「私は株屋になろうと思います」と言って相談したのですが、虚子は「あなたにそんなことは似合いません。家にあるものを売って生きていきなさい」と忠告し、杞陽は「それではそうします」と言って従いました。
おそらく杞陽は生活の苦労を夫人にかけながら、気づかぬ振りをしていたのだと思います。
そんな事情を知ると、この句はたまらない魅力で読者に迫ってきます。「涙だろうか」と言ったところに夫婦愛と杞陽の美学のすべてが語られています。
俳句は説明抜きで鑑賞に堪えなければなりませんが、背景を知ることで魅力がいっそう増すのも事実です。
NHK出版 俳句十二ヵ月 より
本のご紹介
NHK出版 俳句十二ヵ月〜自然とともに生きる俳句〜
NHK俳壇の本
俳句十二ヵ月〜自然とともに生きる俳句〜
著者 稲畑汀子
発行 安藤龍男
発行所 日本放送出版協会
定価 本体1600円+税日本に暮らす。俳句と暮らす。
現代俳壇の祖・高浜虚子の孫であり、俳誌「ホトトギス」の現主宰である筆者が、俳句とともに季節を生きる喜びと、虚子直伝の俳句の骨法を、やさしく語る。
季節の言葉「季題」を、古今の名句・美しい写真・実作のエピソードをもとに紹介する第一章「季節を友として」、虚子名言集をもとにした実作解説の第二章「ホトトギスの教え」、自然とともに生きる俳句の豊かさを語る第三章「自然と人間」等、見て美しい、読んでためになる一冊。
俳句の世界に興味を持つ人から、句歴の深い人まで、俳句を愛するすべての人へ贈る、十二か月を俳句と暮らすための俳句入門書。