「日本派」特別展5 ―虚子と「ホトトギス」の小説時代



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虚子著単行本





『鶏頭』
明治41年1月1日発行
春陽堂 
虚子の第一短篇小説集。

『写生文集帆立貝』
明治39年3月25日発行 俳書堂
虚子と坂本四方太が「ホトトギス」に掲載した写生文で構成されている。本書からも、子規没後の写生文は、四方太と虚子がリードしていたことがよく窺える。





『俳諧師』
明治42年1月1日発行 民友社
前年の「風流懴法」以来、小説味を濃くしてきた虚子の、初めての長編小説。主人公三蔵のモデルは勿論虚子である。
また、主人公三蔵が熱をあげていた娘義太夫の竹本小光は実名を小土佐といい、この小土佐には後年次のような短冊が遺っている。

 「其昔思ひ出深き俳諧師  小土佐」

『続俳諧師』
明治42年9月28日発行 民友社
表題は『続俳諧師』と『俳諧師』の続篇のように見えるが、内容は全く別ものである





「其昔思ひ出深き俳諧師 小土佐」





『凡人』
明治42年12月13日発行
春陽堂

虚子第二短篇小説集。第一短篇小説集『鶏頭』に比べて、やや自然主義の影響を受けた、人の生死により関わるテーマをもった作品が多い。

『朝鮮』
明治45年2月5日発行 実業之日本社

 





自筆原稿 一宮滝子「をんな」
明治43年9月号「ホトトギス」に掲載されたが、この小説が「安寧秩序を乱すもの」とされ、「ホトトギス」は発禁処分を受けた。結婚を親から強要された適齢期の女性が、結婚・出産のみが女の本当の幸せだろうかと親の勧める結婚に躊躇する様が描かれているが、今通読すると至極妥当な内容で、「発禁処分」という処置には「時代」を感じざるをえない。雑誌発行はしたものの、その大半を販売できなかったこの事件は、ホトトギス社に大きなダメージを与え、社の財政逼迫に拍車をかけることとなった。





虚子自筆原稿「高野の火」
「高野の火」は明治43年10月号「ホトトギス」に掲載。前月号が「をんな」掲載により発禁処分を受けたため、最終的に二人の心中をもってラストを迎える「高野の火」掲載を「コレモ稍々(やや)寓意的のものなる故、或ハ掲載中止せんかとも存候。」(43年9月13日付村上霽月宛虚子書簡)と虚子は少々躊躇していた。
「高野の火」は掲載後、登場人物がすべて架空の人物であり、トロッコに乗って心中するのはあまりに不自然だとして、「これは写生文とはいえぬ」と難じられた。これに対し虚子は、「この小説は自分が高野山に登った時の感じを其のままに描いたものであり、その点においてやはり写生文だ」と反論した。

 





明治41年家族写真
虚子自筆の裏書
「明治四十一年友次郎三歳ノ時
靖国神社裏相撲場ノ近前ニテ撮影」

 

 

 


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